チャレンジ精神を考える。失敗と恥のリスクについて。

仕事

こんにちは。きたのです。

チャレンジ精神という言葉がありますよね。

私は新しいことにチャレンジすることが大好きで、人に勧められるがままに物事を始める人です。

チャレンジしたことで、失敗し何らかのリスクを負うことになったとしてもやると決めたのは自分だから特に文句を垂れることなく次のことに挑戦していきます。

とりあえずやってから考えるタイプの人にとって、物事を始める前から失敗したときのリスクを考えて結局やらず仕舞いというのはもったいないことだな、と前々から思っているのですが、今回はなぜチャレンジしないのか、ということについて考えてみました。

 

チャレンジしない原因は

チャレンジしない原因には大きく2つあります。

一つは失敗したくないから。

失敗することのリスクは損することで、損失を極度に嫌い、チャレンジし失敗するくらいなら成功する確率の高いローリスク・ローリターンを無意識に選んでいるのです。

 

もう一つは恥をかきたくないから。

上と少し重複しますが、失敗=恥をかくことになるかも?という意識の下、リスクヘッジのためにチャレンジを避けているのです。

恥をかくというのは他人に対する評価です。失敗しリスクを負うのは自分なのになぜ”恥をかくこと”が問題となるのでしょうか。

 

人間は社会的文脈の中で”自分”が決まる

私は常々人の性質(キャラクター)は社会的文脈の中で決まると考えています。

言い換えると、”自分は無意識のうちに周囲が求める自分を演じている”ということ。

 

具体例で考えてみましょう。

あなたが今流行りのマッチングアプリに登録しようとしたとして、友人にマッチングアプリを始めたと伝えることはできますか?

Facebookなどに記載されている注意事項を読むと、友達のタイムラインに表示されることはありません、といった表記がでかでかと書かれているのを目にします。

これは世間一般の人はマッチングアプリにやっているなんて恥ずかしいことで、自分がやっていることを友達に知られたくない人が多いということの裏返しでもあります。

一方でマッチングアプリをやっていると周りに公言できる人もいます。この差はいったい何なのでしょうか?

公言できる人とできない人の差は、自分が所属するグループ内での自分の立ち位置に依存します。

もし彼氏彼女が欲しい!と常日頃から友達に言っているおちゃらけキャラであれば、友達にマッチングアプリをしていることを伝えても何ら影響はでませんが、品行方正の優等生キャラの人ではどうでしょうか?おそらくキャラと違いすぎるという理由で言うことを憚るでしょう。

 

このように自分の行動とキャラクターにギャップが生まれるときに恥の概念が生まれます。

 

考え方のヒント

チャレンジしない原因には1.失敗したくないから 2.恥をかきたくないからの2つがあるという話でした。そこで考え方のヒントを紹介します。

 

失敗について

失敗を恐れるのは損することへの恐怖です。

マイケルジョーダンの名言に「私は9,000回以上シュートを外し、300試合に敗れた。決勝でシュートを任されて26回も外した。人生で何度も失敗してきた。だから私は成功したんだ。」という言葉がありますが、あらゆる成功者が失敗があったから成功したと口を揃えていいます。

今日の失敗は明日の成功への第一歩だと考えてみるのはどうでしょうか。

 

恥について

恥をかくというのは自分のキャラクターと行動とのギャップです。恥をかくかもしれないというのはあくまで自分の中だけで、実際には他人から馬鹿にされないかもしれません。

理由が他人の目なのであれば、先に「○○するからよろしく!」!と宣言してしまいましょう。

隠していたことがばれるから恥ずかしいのであって、先に宣言していればばれることはありません。恥ずかしいのは初めだけであとは周知の事実に早変わりするので、同じ行動をとったとしても馬鹿にされることはありません。むしろ「俺も○○やりたかってん」というような思わぬ仲間がみつかるかもしれません。

 

加えて人間の脳は都合のいいもので、自分がやった行動に合理性を求めるものです。むりやり始めたことでも時間が経てば自分の意志で始めたことにすり替わっていることでしょう。

 

チャレンジしないということは今の自分のまま、変化がないということです。

現状維持では衰退する一方、失敗と恥をかくことを恐れるあまり行動しないままでいるといつの間にかいろいろと失うことになります。

チャレンジは怖いものですが、リスクを減らすことができます。

リスクを減らすためには何ができるかを考えて、まずは行動するようにして欲しいです。

 

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